ヒストリー

1954
11月3日、文化の日の早朝、父 慶典、母 ノリの長男として熊本県荒尾市月田に誕生。姉 祐子、弟 徹也
1959
4歳。増永のめぐみ幼稚園に入園。姉の影響でバイオリンを習う。
1961
6歳。荒尾市立荒尾第一小学校に入学。体を動かすのが大好きで、野山を駆け巡る。

 

1967
12歳。荒尾市立荒尾第一中学校(2010年4月1日に荒尾市立荒尾第一中学校と荒尾市立荒尾第二中学校が統合し、現在は荒尾市立荒尾海陽中学校)に入学。野球に明け暮れ、一転して硬派を通す。一方ドラムを叩きグループサウンズの真似事をする。
1970
15歳。熊本県立玉名高等学校に入学。ギターと応援団とほのかな恋にめぐり逢う。フォークソングに出逢い、井上陽水、小椋佳などに影響を受け、PPM(ピーター・ポール&マリー)、五つの赤い風船などのコピーバンドを作る。
1973
18歳。国士舘大学文学部教育学科に入学。硬派の学風の中でさらに音楽の魅力に引き込まれ、フォークソング同好会を作り、フォーク喫茶では弾き語りで歌い、オリジナル曲を作り始める。
1976
21歳。母校玉名高校にて体育の教育実習。教師への夢が再びふくらむ。
1977
22歳。国士舘大学文学部教育学科卒業。帰郷と音楽を続けるというふたつの心が揺れる中で、次の教師の採用試験を目指し東京でアルバイトを続ける。
1978
23歳。バードコーポレーション入社。小坂明子のマネージャーを勤める。
1979
24歳。北鎌倉の明月院が舞台の「あじさい寺」でテイチクよりレコードデビュー。
故郷荒尾に後援会ができ、大牟田市民会館にてデビューコンサート。(ゲスト高木麻早)
1981
26歳。全国キャンペーンやライブを重ねていくもなかなか思うようにならず、表現力をつけるためにとTBS緑山私塾のオーデションを受け、一期生(田中美佐子他)に合格。TBS東芝日曜劇場「たった一人のお客さま」の杉田かおる恋人役で役者デビューする(1981年8月16日)。TBSポーラテレビ小説「愛をひとつまみ」(1981年10月5日-1982年4月2日)では大分の同級生役。教育映画「山並み映えて」主役。TBS日曜劇場「わたしの家族」では木村理恵の恋人役。
トリオレコード移籍第1弾シングルレコード「風のアルペジオ」(作詞 来生えつこ)発表。アルバムレコード「風のアルペジオ」発表。
1982
27歳。FM東京「関島秀樹のミュージックイマジネーション」(全国8局ネット)でDJデビュー。
シングルレコード「うつろい」(編曲 菊池ひみこ)発表。
1984
29歳。仕事で行った京都で新番組のオーデションに飛び入りし、KBS京都「パンプキンスクエアー」で初レポーターを務めることに。
TBSサ・サスペンス「復讐するは我にあり」(1984年4月7日)で刑事役熱演。
1985
30歳。KBS京都「鈴木邦男の家内安全」(テレビとラシオの同時放送)で日本初のシンガーソングレポーターを務める。

 

1986
31歳。荒尾総合文化センター完成記念チャリティーコンサート。
KBS京都「松山英太郎の江戸組参上」で京都見回り組レポーター、「関島秀樹の風のアルペジオ」のDJ担当。活動の中心を関西に移す。
1989
34歳。TBS「水戸黄門」、映画「グリーンボーイ」(主演 森田健作)、土曜ドラマなどに出演。
アルバム「Good Bye Yesterday」「夢をかさねて」発表。
9月、歌ではなく、役者やタレントのような仕事が中心になっている自分をもう一度見つめ直そうと、日本での仕事をすべて捨て小さい頃からの夢だったアメリカに旅立ち、単身ロサンゼルスで生活を始める。
1990
35歳。1年半のアメリカ生活で、本場の音楽やミュージカルに触れたものの、やはり自分には自分で作る日本語の“歌”しかないと帰国。
1991
36歳。結婚。活動の拠点を完全に京都に移す。
KBS京都「JRAターフジョッキー」、和歌山放送「サタデーハッピーライン」DJ。
1993
38歳。シングル「夢釣人」(キングレコード)発表。
1994
39歳。滋賀に移り住む。長女 セリイ誕生。
びわこ放送「おはようびわこL」キャスター。
デビュー15周年全国ツアー
初CDアルバム「愛する人の住む街へ」発表。
1995
40歳。「生きたらよか」(帰らんちゃよかの原曲)誕生。
1996
41歳。ばってん荒川さん「帰らんちゃよか」(キングレコード)発表。
「湖族の歌」「BUSON '96」(大阪市都島区企画与謝蕪村生誕280年記念)発表。国境なき医師団支援ライブ。
1997
42歳。次女 まりえ誕生。
宮崎滔天、宮崎八郎のイメージソング「風走れ」誕生。
アルバム「セレナーデ」、シングル「熱情」(HIV感染者の詞)発表。
1998
43歳。「24時間テレビ 「愛は地球を救う」」KKT(くまもと県民テレビ)パーソナリティー始まる。
第10回全国龍馬ファンの集い荒尾大会(参加600名)で「龍馬の夢」誕生。
1999
44歳。デビュー20周年全国ツアー。アルバム「前略、生きてます」、シングル「ほんとうの勇気」発表。
2000
45歳。韓国ソウルにてライブ。「ナザレ苑」訪問コンサート。
ロサンジェルス熊本県人会100周年で歌う。
2001
46歳。熊本山鹿八千代座公演、芝居「帰らんちゃよか」でばってん荒川さんと親子として共演。
シングル「龍馬の夢」発表。
2002
47歳。シングル「てんごの夢 -桜のように生きた男の物語-」発表。第1回さくら道バスツアー。
永源寺コンサート始まる。
2003
48歳。アルバム「びわこからのメッセージ」、シングル「玉高を忘れない」(母校熊本県立玉名高等学校、創立100周年に寄せて)発表。
京都リビングエフエム FM845「じゃんけんぽん」スタート。
2004
49歳。デビュー25周年全国ツアー。荒尾総合文化センターでは、最初で最後のばってん荒川、島津亜矢、関島秀樹3人での「帰らんちゃよか」が実現する。
「稲むらの火~津波から村人を守った男の話~」発表。多くの反響。
島津亜矢さん「帰らんちゃよか」(テイチクエンタテイメント)発表。
熊本県誘友大使に任命される。
2005
50歳。愛知万博(愛・地球博)地球市民村にて「稲むらの火」を世界にアピール。
ロサンゼルスで開催の「滋賀県人会世界大会」で歌う。
2006
51歳。アルバム「拝啓 元気です」「やさしさをありがとう」発表。
中国旧満州を訪れ、ノモンハン・虎頭要塞などに平和の桜の植樹と歌を届ける。
10.22 ばってん荒川さん逝去(享年69歳)
2007
52歳ロサンゼルス「L.A龍馬会」発足式で歌う。母方のルーツ、埼玉県東松山市の正代を初めて訪れる。
熊本県山江村にて神山征二郎監督作品映画「さくら」上映&トーク・関島秀樹コンサート。
大阪「堺龍馬会」発足のお祝いで歌う。
「生きたらよか~ばってん荒川さんに捧ぐ〜」 シングルカット。(2006年10月22日、69歳で亡くなったばってん荒川さんの追悼CD)
「ばってん荒川さん追悼公演」熊本市民会館ホールにて、島津亜矢さんが「帰らんちゃよか」、関島秀樹がその元歌の「生きたらよか」をそれぞれ歌う。
2008
53歳映画「荒木栄の歌が聞こえる」に出演。万田坑で「仲間のうた」(作詞 大江将精 作曲 荒木栄)を歌う。
あらお観光大使(熊本県荒尾市)に任命される。
熊本城築城400年記念曲「威風堂々」を熊本の歌手、西岡はるみさんに提供。
週刊ポストに「帰らんちゃよか」がすぎもとまさとの「吾亦紅」と共に取り上げられる。
クラシック音楽の殿堂銀座王子ホールにて日本の叙情を歌う。(企画・構成・朗読 中田薫 - 元NHKアナウンサー)
DVD「コンクリートの街で」(王子ホールでのコンサート収録)発表。
堂坂ヨシ子さんより伝授していただいた 正調「五木の子守唄」を、五木のかやぶき民家にて堂坂さんをはじめ村民らの前で披露。
クラフト復活ライブで「生きたらよか」を三井誠さんのギターで歌う。
2009
54歳歌で出演した映画「荒木栄の歌が聞こえる」全国で公開。
デビュー30周年を全国ツアー。荒尾総合文化センター大ホールでは、ゲストの小阪明子さんと「あなた」を歌う。
アルバム「故郷の歌が聞こえる」、シングル「ひとすじの光 -熊本藤崎台球場の千年のクスノキたちの応援歌-」「恋ひの永源寺/とまどいの旅」発表。
阿蘇小国のちちこぶ祭、五木の子守唄祭、京都上賀茂神社観月コンサートで演奏。
2010
55歳シングル「未来へのおくりもの -世界遺産を目指万田坑へ捧ぐ-」発表。
ロサンゼルス東本願寺仏教寺院、ブラジル・サンパウロ文教講堂にてコンサート。
熊本県民体育祭にて「君が代」独唱。
2011
1月17日、「あの日を忘れない〜神戸の空に歌を届けよう〜」ライブを三宮で開催。
アルバム「春、桜セレナーデ」発表。
3月、滋賀・荒尾で東日本大震災復興応援チャリティーコンサートを行う。
6月11日、東日本大震災復興応援アルバム「がんばる君のために~復活への約束~」を発表。売上すべてを被災地へ送るほか、この日から被災地をたびたび訪ね、歌を届け続けている。
NHK熊本放送局「くまもと歌物語音楽祭 ~わが心の熊本メロディー~」で「帰らんちゃよか」が選ばれ、熊本県立劇場コンサートホールにて島津亜矢さんと共演。
2012
57歳びわ湖ミシガンでミュージシャン仲間と新年の船上コンサートを開く。
3月10日、琵琶湖岸での東日本大震災追悼イベント「一希一灯会」が始まる。
東京日本橋の夏の風物詩「橋洗い」およびタイムカプセル設置式にて「日本橋の歌」を披露。タイムカプセルにも収める。
第69代横綱 白鵬 応援歌「夢土俵」作曲。歌唱 山口眞(徳間ジャパンコミュニケーションズ)
10月、11月、美ら海ライブツアー(池田聡、ミヤギマモル他)。
2013
58歳。RKK熊本放送テレビ「白川大水害60年特別番組『42枚のスケッチ画が伝える6.26水害』」番組ナビゲーターで出演。
「クラフト(代表曲「僕にまかせてください」)復活ライブ」に応援ゲスト(名古屋、熊本)。
「関東大震災90周年・首都防災ウィーク」(墨田区東京都慰霊堂)の野外コンサートで「稲むらの火」ほかを歌う。
琉球の風~島から島へ~2013(フードパル熊本イベント広場 プロデューサー:知名定男)に出演。出演:THE BOOM、かりゆし58、夏川りみ 他
母校、熊本県立玉名高等学校の「次代を担う子どもの文化事業」で、高校・付属中学校の生徒を対象にスクールコンサートで歌う。
2014
59歳。デビュー35周年記念全国ツアー。4/25くまもと森都心プラザホールからスタート。8/10荒尾総合文化センター大ホール、ゲスト:クラフト他。9/20愛知芸術文化センター、10/3東京日本橋社会教育会館、11/23びわ湖ホール
「大阪マラソン」チャレンジランに挑戦。
11月3日、還暦を迎える。
2015
60歳。大阪新歌舞伎座の島津亜矢さんのコンサート(昼・夜)にゲスト出演。島津亜矢さんが歌う「帰らんちゃよか」をギターとハーモニカで伴奏。また「親父からの長い手紙」を歌う。
人生初!フルマラソン「熊本城マラソン」に挑戦し、みごと完走!
荒尾市の熊本県立南関高等学校と熊本県立荒尾高等学校が統合されて熊本県立岱志高等学校が開校。校歌を作詞作曲。4月8日の開校式では、校歌をギター弾き語りで披露。
長野県飯田市在住のもうひとりの関島秀樹君と初の対面、「天竜峡マラソン」の選手宣誓を二人で務め、一緒に走る。
関島秀樹コレクション リブシリーズⅠ「あじさい寺」、Ⅱ「生きるちから」、Ⅲ「ふるさとの風にふかれて、復刻盤「夢をかさねて」発表。
H2Oの中沢けんじさんと初のジョイントライブ(滋賀、奈良)
アルバム「DOKONI ITEMO」発表。
12月31日、第66回NHK紅白歌合戦で、島津亜矢さんが「帰らんちゃよか」(関島秀樹作詞・作曲)を歌唱。各方面で大反響。
2016
61歳3月11日、東日本大震災6年に、チャリティーアルバムCD「誓春(せいしゅん)〜故郷へ帰ろう〜」を作り被災地へ届ける。
4月14日、4月16日の熊本地震を故郷熊本県荒尾市で体験。直後から避難所を訪ねる他、復興応援の活動を始める。
滋賀のデビュー記念コンサートをファンの呼びかけで「熊本地震応援チャリティーコンサート」として開催。以後各地でチャリティーコンサートを開催。
8月11日、山の日にこの年7月にオープンした「びわ湖テラス」にて「山に向いて」を発表。
「心はひとつ、想いを繋ぐ 熊本・気仙」と題し、岩手県大船渡市民文化会館にてチャリティーコンサート。
2017
62歳。『稲むらの火』の逸話の主人公濱口儀兵衛さんの築いた銚子の「ヤマサ醤油」で「稲むらの火」を歌う。
びわ湖の湖西地域湖岸にて「橋板のねがい」発表。
6月28日、琵琶湖周航の歌誕生100周年の日に、ニューアルバム「故郷を抱きしめて」発表。
日本を代表するブルースハープ(10ホールズハーモニカ)奏者、松田幸一さんと初の関西ライブツアー(京都、大阪、滋賀、奈良)を行う。
8月11日、 山の日に、「山にむかいて」を比叡山山頂にて歌う。